小さい頃は活発で、友達みんなと公園で毎日野球をしたり、バスケをして遊んでいました。
野球をして遊ぶときは、サンタさんからもらったキャッチャー道具を一丁前に身にまとい、将来の夢はプロ野球選手でした。
小学校から中学校まではバスケ部でした。
ちょうどスラムダンクが流行っていた頃で、NBAのマイケル・ジョーダンを真似したりしていました。
今でも歯科関係の方たちと楽しくプレーしています。
エレクトーンやボーイスカウト以外にも、スイミング・絵画・習字・そろばんなど、習い事をいろいろ習わせてもらいましたが、当時はイヤイヤやらされている感じもありました…。
しかし現在、自身が親の立場になってみると、たくさんの経験をさせてくれた両親にただただ感謝するばかりです。
高校は、元中日ドラゴンズ:山本昌さんの母校でもある日本大学藤沢高校へ進み、軟式野球をしていました。
当時苦楽を共にした仲間は成人になっても大切な存在で、今でもバーベキューやスノーボードなどを一緒に楽しんでいます。
小学生の時、ぶつけて歯が欠けてしまったのを即座に治してもらった経験から憧れていた、歯科医師への道。
日本大学歯学部への入学でその第一歩を実現し、東京で一人暮らしをしながら通学していました。ここでも、親のありがたみを実感しました。
大学生時代のバイトは、野球好きが高じて東京ドームの警備員をしていました。
しかし配置はドラゴンズファンなのに巨人側…
一番の思い出は、係員としてではありますが、W杯決勝戦のピッチに立てたことです。
友人からの紹介もあり、東京の歯科医院にて勤務しました。
その分院では、自費の治療も行い研鑽を積んでいきました。
地元愛知に戻り、知多の歯科医院にて勤務。
先輩や仲間と考えながら治療を行うこと、治療結果を省みることで、知識・経験を蓄積していきました。
歯科医師としてあるべき姿を学び、副院長という立場を経験したからこそ医院全体を見渡す力も身につきました。
分院長としての経験を経て、開業へ。
すばらしいスタッフとめぐり合うことができ、ともに地域の皆様の歯を守ることの使命へ向かって頑張っていきたいと思います。
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